先日、メールで先生にいっていただいた

母親に対する「期待」と「制限」と物事に対する
「いい」か「悪い」かの価値判断をつけるクセ。

自分の中で、理想の母親像を作り上げていていたんだなあと思いました。

理想の母親と現実の母親とのギャップに(自分勝手に)幻滅し、
余計に期待と制限が大きくなっていったんだと思います。

母は母親だけではなく、1人の人間・女性なんだと理解できだしたのは、
ほんとに数年前からです。

それまでは、どっぷりと「期待」していましたし「依存」もしていました。
その「期待」「制限」「依存」が結局は自分を苦しめていたんですね。
今ようやく、こちらで勉強することで、しくみがわかりだしたような気がします。

先生が講義の中で、「愛されてたから、今、生きているんだよ」という言葉に、
本当にその通りだなと思いました。

確かに、子どものことを愛してない親はいませんよね。
ただその時は、母も精いっぱいしてくれてたし、
ただこのしくみをしらなかっただけ。

母も自分をいじめて、つらっかたんですね。
少しずつ私の気持ちも変わっていけそうです。

物や出来事、人に対して、「いいか」「悪いか」の判断をしてしまうクセ。

自分でも、「いろんなことに判断している、気をつけなくちゃ」
と思っていましたが、どこからこの判断がきているのかは謎でした。

判断をしてしまうと、それだけ自分の視野も行動も制限され、
世界がせまく生きにくくなっていきます。

そういう判断されることが多かった環境の中で、
育ってきた影響もあるかもしれませんが、

判断してしまうその気持ちの裏には、バーストラウマ。
自分の存在を認めてほしいという存在価値の否定があるのではないかと、
今感じています。
そこに寄り添うことでしこりがだんだんと解けていくんでしょうね。

年子の妹には、小さいころからいつも比べられてたので、すごく嫌でした。

身体も大きく、容姿も良く、勉強も出来る、要領もよい。
母親の愛情もたっぷりで自信に満ちている。
悪いことをしても許される。
何もかもが嫌で、同じ血の通った姉妹、
妹とは一回も思ったことがないくらいです。

実は、書いていて気づいたんですが、
これも、自分勝手な勘違い・思い込みだったんだなって……。

妹の本当の姿を見ていたわけではありません。
母親に対しての気持ちを、妹に投影してみていたんだなって。

妹も、実は心が空洞だったと思います…
学生時代、お金を盗んだり、たばこや、姉妹に暴力、遊びなどで、
心の空洞を埋めようとしていました。
(残念ながら、今も空洞は埋まっていないようですが…)
結局は、私も母も妹も、心が空洞タイプだったことに気づかされました。

空洞タイプは、苦しいけどそのことに気づいて、向き合い、
心の修復、空洞を満たしてあげることをしていかなければ、
次の世代、また次の世代へと『連鎖』していくんだということも
よくわかりました。

今、気づけてほんとによかった。
私の世代でこの連鎖は必ず止めようと思いました。

通信講座2回目
今回は受講していて、なんだかとっても胸が苦しかったです。
なかなかレポートも進みませんでした。
でも、レポートを書き終える頃には大きな気づきがありました。

それは、自分の感情を紙に書きとめる、ワークの重要さです。

姉妹関係の思考パターンや、自分が伸ばしてる触角、
空洞タイプなど、心のしくみを学んで、レポートを書くことで、
頭の中が整理され、自分がどういうタイプで、気持ちで、
家族や他の人に接していたのかが、本当によくわかりました。

今までは、感情が出てくると、ダメなものと否定をしてました。
また、怒りの感情は、人や物にぶつけて、解消していました。
心が空洞でしたので、感情を受け入れて、味わう余裕もありません。
出てきた感情は外へ外へとスルーばかりしていました。

今は「どんな感情もOK」と毎日、自分にOKを出しています。
妄想が出てきたら、なるべく囚われないようにほおっておくか
(今の段階ではまだ少し難しいですが)、
別の事をして、紛らわせたりしています。

イメージ療法、頭の掃除もその時の状況で、自分でアレンジをして、
よく使っています。

書き出した感情には必ずヒントが詰まっています。
心が安定している時に、読み直すと、自分の事が本当によくわかります。
でてきた感情を大切にする意識が徐々についてきています。
引き続き、ノートに書く作業を続けていきたいと思います。