3回目レポート 

滋賀県在住

1. 成長のプロセスにおいての「美化」 自分自身のことに照らし合わせてみて、どう思いますか? 

13才頃からは母親に対して、恨んでいる気持ちをできるかぎり表現していましたが、それに対抗してさらに押さえつけるか肩透かしのような感じだったので、分かってもらえる日は来ないだろうからとある時からあきらめることにしました。 

伝えようと頑張っても、わかりあえる日はこない上に怒りが増幅するだけだったことに疲れ、重いふたをしたんだと思います。 

結婚して自分の居場所ができれば、たとえどんな半生だったとしても、まったく新しい人生が待っていると思っていました。もう新しい人生だし、もう憎いあの母親は目の前に現れないからです。あの人がいなければ心を乱されることもないだろう、平和な日々が待ってるだろう、そんな感じだったと思います。 

だけど、赤ちゃんが生まれると、自分自身に母親がのり移ったかのようになって再び現れたように感じました。

再び責める気持ちを落ち着かせて振り回されずに自分の人生に責任をもとうと考え直しました。

それでも乱れる感情が出てくるので、フリではなく本当に心から大丈夫になりたいという思いから、この講座に出会う前にいろんなセミナーに出かけることもありました。

そんな中、子育て本やセミナーでは、こどもの対応について教えてくれるので、それを真似て、たまたまうまくいったことを

「大丈夫になった」と美化していたのかもしれません。 

 

2. 被害者でいたいプールとは?

ネガティブはだめなものとして、ないものにしている美化の蓋をあけると実はすごーく人のせいにしていたり人をせめる心があります。人のせいにしてるという自覚がなくても実はこころの中では、お前がわるいんだろー!わたしは悪くないー!と人のせいにしているし、それをいつまでも繰り返していたいという気持ちがあります。

自分のせいだと思いたくないから、さらに相手のせいにする。 
そうしていれば、自分では責任をとらなくていいからです。 

思いどおりにならないことでゆれる感情も、だれかに何とかしてほしい。と依存し、自分で何とかする責任をとりません。それさえ人のせいにします。

いつまでもぬるま湯につかっていたい、自分では責任はとりたくないというおこちゃまごころでずっとグルグルグルグルしています。

ここでは人のせいにしてエネルギーを奪いつづけ、自分の傷にばんそうこうをはって、自分では責任をとらなくていいように、ここに居れるように人を責める、人のせいにする、を何度も繰り返します。

人に何とかしてもらおうと依存の塊です。感情を伝えるのではなく、ただぶつけます。これを繰り返すうちは、自立した大人になれません。

 

3. コントロールできないのにコントロールしてきたことを、具体的にいくつか例をあげてください

・夫に早く帰ってきてほしいので、遅かったときは機嫌わるく出迎えたり、嫌がらせのような態度をしていました。何で遅いんだ、何で連絡がないんだ、とイライラしていました。

全く自分では気づいてなかったですが、そうすれば早く帰ってくるようになると心の奥で思ってコントロールしようとしていたのかと今になって思います。どうにもならない日もある、と受け入れるとだいぶ楽になりました。

・子供をコントロールしようとしていました。

たとえば、自分の思い通りになったときは笑顔で甘えさせてあげて、自分が望んでいないときは突き放して冷たい態度をしたり。。

感情で支配するような感じです。

子どもは親に従うべきで、ゆうことが聞けないなら罰があっても文句は言えない、というような脅しでコントロールしようとしてたように思います。

服着なかったら風邪ひくよー!もっと遊んでいたいから帰らないなど、こわいさん(怖い人)くるよー!好き嫌いに対して、おなか痛くなるよ!言うことを聞かないと、もう会えなくなるよー!パパ帰ってこないよ!嫌いになるよ!などです。

・夫に話をきいてほしくて最初は話はじめますが、だんだんイライラしてきて、最後までしないとか、反応、相槌などに対しても文句を言うことがありました。

「自分が望んでる言葉じゃないからって機嫌わるくなるのやめてくれへん?」と言われて初めてハッとしました。

 私は〝夫の発言する言葉“までコントロールしようとしてきたようです。

 

4. 禁句を言わずに、本当の気持ちを言ってみたらどうでしたか?本当の気持ちがわかりましたか?

息子が遊んでるときに肘をすりむいて絆創膏をはっていましたが、お風呂のときに痛いから「今日入らない」と言い始めました。

前もそんなことがあったのでそんな傷くらいで怖がる息子にイライラスイッチがすぐ入りました。

 「あー寝るのがまた遅くなる」
「こんなことで怖がってたらこの子いろんなことに臆病なままいきてくんじゃないか」
「自信をもたせてやれなかった私が悪いのか」 

かといってかさぶたになってるしその弱い感じイライラする!

いつもだったら「なんでこんな怪我くらいでこの世が終わったみたいな泣き方して、情けない!」

せめる言葉がいっぱい喉まで出かかったですが、どうしたらいいか考えました。

わたしは息子に強くなってほしいんだと思いました。外で遊んだし、お風呂には入ってキレイにしてほしい。

ママは清潔にしてばい菌さんバイバイした方がいいと思うし、きっとできると思うよ。

●●には強くなってほしいねん。

それにね、汗流さないとかゆくなったり、匂ってきたらお友達に臭いとか言われたら、ママも悲しいな。

ママ一緒にいるし、怖くっても頑張って入ってきてほしい。

待ってるで!大丈夫やから!できるから!

目をみて何回も伝えてみました。

いつもの「入らない」の一点張りじゃなくて

息子が頑張ろうとしても怖い、という葛藤してるのがよくわかりました。

そして、すごーく時間がかかったんですけど、入ってきてくれたんです。

それだけでお互い成長したような気がしてうれしかったです。

息子もこの日いつもより素直に甘えてきて寝ました。

 

5. ひとつ例をあげて、自分自身の身のまわりで起きた、自分の領域にいなかった出来事を教えてください。

お風呂の排水溝の網替えをどうしてもしたくなかった私は、結婚当初から『これは夫の仕事』として役割を決めて彼にも承認してもらっていました。

でもいつも「そろそろ替えといて」とか「流れが悪いんやけど」と私が言わないとやってくれないことに対してだんだんイライラし始めました。

ある時爆発して、「わたしが言わなくてもやってよ!!」とキレたことをきっかけに、夫から「俺もいやなんや!!○○ちゃんがやったっていいことやろ!なんで俺がせねあかんねん!」と告げられ、最初に役割を決めたのに今更なんだ!と自分の仕事やんか!と口論になりました。

「私はあなた以上に嫌だから、どうしてもやって」と言いましたが「なんでそうなるんだ」と突き返され、さらに「なんで私のお願いをきいてくれないんだ」

と涙ながらに訴えても思い通りにいかず、なかなか決着がつかずでした。

少し時間が経ったあと、これが私のおこちゃま心??とだんだん、さっきまでの怒りの正体が、被害者のプールでただ泳いでいたんじゃないか、と自分に対して疑問がわいてきました。

でも、それをすんなりとは認められなかったです。今まで通りぬるま湯につかっていたかったからだと思います。

「なんでいっつも言わないとやってくれないのよ!」と責めていた時、自分がどうしてそんなことを要求したかは考えてなかったです。

なんでわたしのお願いごとがきいてもらえないのよ!と責めてばっかりでした。

ただ相手のせいにしていたかったです。そして自分はいつまでも人にしてもらっていたかったです。

 

6. 自分の領域にいて、今できることをやってみたらどうでしたか?

 やってくれていた時期も心の中で「どうしてもイヤなんだから、それは夫がやってくれていいじゃないか!」そうすることで、相手が変わればすむ話で、自分は変わらないというスタンスでした。

おこちゃま心かもしれない。と思ってから、でも認めるのはいやだ。とか、でも成熟した大人になりたい!と心が行き来していました。

自分の領域にもどってやるということは、どうしてもイヤな排水溝あみを自分で替えることでした。

ただ学んだ以上、やるしかなかったのが正直なところです。。やったら自分がどんなふうに感じるだろうと思いながら、やってみました。

相手をせめる癖がしみついていたようで、わたしにとってはとても、きついワークでした。

やってみても、作業自体はいやなものはいやでしたが、夫が今までやってくれていたのに感謝さえしてなかった恥ずかしさも加わりました。他にもそんなことが多々あるんだと思います。

今回のことで成長の一歩ができたと思います。

 

7. 自分のことを棚に上げて、人のことを否定的に思っていたことは?どんなことを棚に上げていましたか?

子どもがおもちゃを片付けないで目についたものからどんどん遊んでいくので、「片付けてから次にうつりなさい」というのですが、一向に聞きません。

この子は、なんでこんな何回もおんなじことを言わせるのか、同じ兄弟でも妹はできるのに、、、と更にせめていました。

聞いてるのか聞いてないのかもわからずでイライラしていましたが、わたしもやりたいことが浮かぶとすぐに取り掛かりたくて、区切りをつけずにとびついてしまう衝動があるので、自分だっておんなじことしてることに気づいてしまいました。棚にあげているのは、家計簿をつけたり、記帳などのちょっとした身の回りの用事です。すぐ済むことなのに後回しにしていました。

自分のことをやっぱりしなければ子供に示していけないんだなと痛感しました。夫のやりっぱなしにも腹を立てていました。靴は履かないのも出しっぱなし、飲んだら出しっぱなし、脱ぎっぱなし色々放置するので、何回かに一回は怒ってしまっていました。

わたしはお皿をしまう時、最後全部しまっても閉め忘れるみたいで、何回も注意されてきたのを思い出しました。

やってくれるだろう、と思って車に荷物を置きっぱなしにしてることもありました。 細かいことを言えばきりがないくらいきっといっぱいあります。

 

8. 依存タイプと、独立タイプ、あなたはどのタイプ?

 両方です。外に向けては独立タイプのようです。

 最近の話ですが、仕事の負担が多いときやしんどくても時間をオーバーしても、寝る時間けずってでもしていました。相談がなかなかできず、認められるために無理をしてでも頑張ろうとしてしまっていました。

 夫に「できませんって言ったらいいやん。」「相談したらいいんちゃうん?」と言われて初めて、断っていいのか、聞いてもいいことなんだ、とわかったような具合です。やりすぎている自覚はありませんでした。

それでも思う評価が得られなかったら、突然やる気をなくし拗ねて、相手や会社を悪者にしたくなるという感じのパターンな気がします。

とにかく自分に課せられたことは何が何でもやらなきゃいけないと感じ、それを止めることで、この人はできない人と判断されるのがイヤなんだと感じました。

夫や家族に対しては依存タイプだと思います。

わたしは力の半分以上も出さず、すぐに助けを求めても夫はいやな顔をせず、むしろ嬉しそうで、依存させてくれていました。子どもが産まれ状況が変わり、十分に依存させてくれなくなったことで不満と拗ねがはじまりました。

だんだんそんな自分にも嫌気がさしてきて、大人になれるように現在特訓中といったところです。

 

子供が依存タイプだと思います。

できない。と言ってすぐ泣き顔になります。わたしにとっては上の子のできなーい、という態度にイラッとくることもあります。自分のボタンをおされているからでしょうか。

パパはそれに対してはやってあげることも多く、私は自分でやらせようとしているため意見がわかれます。

 

9. 人が自立していくために、大切なことは何ですか?

自分の感情に自分で気づいて責任をもつこと。

人のため、と言葉をかけてきたことも、実は自分の心配、期待、制限、罪悪感からその発言にいたったりすることがあるので、自分の気持ちにまずは気づくことで、自立につながっていくのだと思います。

そこに気づけたなら、自分の感情を人のせいにしないで、きちんと「私は」を主語にして話すことが大切です。

人に伝える前に自分も棚にあげてることはないかな?と考えること。

自分が棚に上げていたら罪悪感を感じる。それが相手に違和感を与えたりする。

まず自分のすべきことを自分の領域にかえってする。

 

人を自立させるときに大切なのは自分の力で乗り越えられることを信頼すること。

自分が痛みを感じるからと手を出しすぎたり、罪悪感から手を差し出すと、自立できなくしてしまう。コントロールしないで、相手に空間を与えて伝えることで後で拾って自分の力で乗り越えていく。

人を育てることが実はとても自分の成長になる。

 

10. 講座3回目全体を通しての感想を書いてください。

小さなころから「何かいやだなぁ」と感じていたことの理由がやっと説明できる気がします。

領域に踏み込まれてたんですね。「なんでこんなことするの!」「何回言ったらわかるの!」何十回何百回と言われていた気がします。

そのたびに自分を守ることができず、思春期には部屋に鍵をかけて踏み込まれないようにしていました。

だけど、家族に対して散らかしても片付けない、洗濯物をかごに入れることができない、等に対して、なんでできないの?というような言葉を使っていました。

自分も形を変えて棚にあげてることがたくさんあることに気づいて反省しました。 

自分の領域で『できること』をすること、領域に立ち返れるように意識していこうと思います。

 

今回レポートを書くのはとても苦労しました。変わりたいと言いながら、どこかで受け身のままで誰かにやってほしいなぁ。と依存心が出てきたり、被害者のプールから出たくないおこちゃま心との葛藤でした。 

自分の領域にかえってできることをする、ものすごい抵抗があったんです。いつまでも人のせいにしていたかった私をみました。自分で責任をとることを渋っているおこちゃま心は中々手ごわいです。 

今まで見ないようにしてきた部分です。 

人のエネルギーを奪って絆創膏をはる、ときいてまさしく私のことを言われている!と感じ痛かったです。

コントロールできないことをしようとするからストレスを感じる。これもわかったつもりでいて、自分の場合は?と聞かれると出てこなかったりしました。

夫の発言までコントロールしようとしてたなんて、とても自分が恥ずかしいです。

息子とのやり取りでこころが通じた感じがした経験があまりなかったので、わたしの言葉をきいて頑張ろうとしてくれたのが私の中でとてもうれしいことでした。

親が自分の気持ちを自分で感じてから発言することで伝え方も伝わり方も全く別で結果も違うんだと発見でした。