6回目レポート 

沖縄県在住

1、再度、改めて、あなたの子ども時代、お母さんに、お父さんにどんな思いでしたか?
     講義を聞く前と後で、どのような気づき、変化がありましたか? 

私は、お母さんのことが、とても大好きでした。
大好きで、特別過ぎて、いつも一緒にいたかったし、いつも自分だけを見て欲しいと思っていました。 

母親は、ずっと保育士としてフルタイムで働いていました。
私も母親の働く保育園に通っていたのですが、
そこでは私の母親ということだけではなくて、園児の先生でした。 

そこで、多分、私は我慢もしたし感情の抑圧もあったと思います。

途中、弟が産まれたことで、ますます私だけのお母さんではなくなりました。

私だけを見て欲しいという、私の欲求の全ては満たされていないと、
子どもの私は思っていました。 

でも、遊んでくれたし、見てくれていたし、抱っこもして貰ったことを覚えています。

私の欲しい形を完璧に貰えなかっただけで、
母親の出来る限りの方法で私に与えてくれてたんだと感じます。 

父親に対しては、昔は優しくてよく遊んでくれたのに、私が小学校に入ったくらいから、
よく怒るようになりました。それで父親から怒られたくない、
前のように優しいお父さんに戻って欲しいという思いでいました。 

でも、怒られたことで私はお父さんが嫌いになりました。
それから、お父さんの言動に過敏に反応して、
やっぱりお父さんは私が嫌いなんだ、私を否定するんだと思っていました。

優しいお父さんしか、受け入れたくないと思っていました。
私は、ずっとお父さんを否定していました。 

ちょうど、父親は私が小学校に入った辺りに、うつ病と診断されたそうです。
今の私が思うことは、当時父親は自分の問題で苦しんでいたんだということです。 

でも、そのことが私は分からなかったので、
何で父親は急に変わってしまったんだろうと思っていました。 

講義を受けた前と後で変わったことは、
今までずっと子どもの意識を持ち続けてその目線で母親と父親を見ていましたが、
大人の目線で考えられるようになったことです。 

今までは、ある幾つかの出来事をよく覚えていて、
そのことだけを何度も傷をなぞるように思い出しては、そこから全てを見ていたように思います。 

今は、いろいろ学んで分かるようになってきた分、
客観的にいろんな角度から父親と母親を見られるようになったかなと思いました。 

ずっと小さな傷ついた子どもの意識で父親と母親を、見上げるようなかたちで見ていました。
そこから見上げていると、二人はとても大きくて、全体を見ることが出来ませんでした。 

今は、同じくらいに背が伸びて、
だいたい同じくらいの目線で二人を見ることが出来るようになった感じです。

今の私と同じようにいろんなことで悩み、イライラしたり、完璧ではないけれど、
それでも子どもを愛している一人の人間としての父親と母親の姿が見えてきたように感じました。 

 

2、甘えられなかった大切にされなかった、という気持ちは勘違いだと実感できますか?
まだ出来ないところがあれば、それはどんな気持ちからそう思いますか?
そのまま正直に書いてみてください。 

講義を受けて行く中で、勘違いだったんだということが少しずつ分かってきました。

感情が溶けていき、奥底にある思い込みが見えてきました。

ずっと幼い意識で見ていた勘違いが溶けると、
心が暖かくなって涙が流れてくるんだということが分かりました。 

でも、全て勘違いだったんだと心底は思えないところがあって、
そう認めることが正直に言えば少し怖いです。 

講義で西谷さんが話していたことと同じなのかもしれませんが、
「今まで自分の中にいると思っていた傷ついた子どもとは、何だったんだろう」
という思いが出てきました。心にポッカリ穴があくような、喪失感も感じました。 

5回目の講義くらいから、一つ気づくたびに
自分の中の悪魔のインナーチャイルドが騒ぎ出して、掴んで離そうとしません。
変な感覚ですが、私自身が離したくないのかもしれません。 

どんな辛い人生であっても、結局はその人生を選択しているのは
その本人なんだということが、よく分かりました。 

悪魔のインナーチャイルドも、私自身の中にあるものなので、
そういう部分があるんだなとジャッジをせずに感じています。 

講義であった8階の意識と2階の意識で言うと、
8階の意識で見られるようになってきたけど、まだ2階の意識のほうが多いのかもしれません。

その心に穴が空いた部分を埋められるように、もう少しワークをしていきたいと思います。 

しばらくこの問いに対して、モヤモヤしていたのですが、
上記を書いた後に自分の中で、こういうことかなと理解したことがありました。 

それは、傷ついたインナーチャイルドや心のしこりが、勘違いといことでは無くて、
母親や誰かのせいで作られた傷だと思っていたことが、勘違いなんだということです。

自分自身で勘違いをして作った傷、思い込みなんだと思います。 

そして、その勘違いに気づいた時に、傷だと思っていたものがスーッと消えていく、
剥がれて行くのかなと思いました。 

何故、自分でそういう傷やしこりを作ってしまったのか?出来事を引き寄せてしまったのか?
というのは、
その人が自分の人生をより深く学んでいくため、成長して行くためだからではないでしょうか。
魂が、そういう人生を今回は生きたいと、望んだんだと思います。 

たくさん感情を感じて、感情に振り回されたり、いろんな経験をして、
勘違いだったと気づくことも含めて、多くを学び成長する人生を生きるために、
自分で選んで作ったのではないかと思いました。 

 

3、お母さんの痛みの身体と本質を分けてみた時、
痛みはどんな痛み(インナーチャイルド)だと思いますか?
また、本質にはどんな要素がありますか? 

母親の痛みは、自分の母親に甘えられなかったことだと思います。
3人姉妹の末っ子で、父親が小学校に入る前くらいに亡くなったそうです。
祖母(母の母)は、それからずっと働いて家族を支えたようでした。 

母はよく、子どもの時はお姉さん(長女)が、自分の母親代わりだったと言っていました。

「ご飯を作ってくれたのは姉だったんだよ。ばぁちゃんは、働いてばっかりでさぁ」
と言っていたのを覚えています。 

母親自身もまた、自分の母親に対して、甘えられなかった、話しを聞いて欲しかった、
否定しないで欲しかったというインナーチャイルドを、
ずっと持ち続けていたんじゃないかと思います。 

母親はそういったインナーチャイルドがあって、私と弟を育ててきました。

私が3歳の時に弟が産まれて、そこから父方の祖父母と同居しました。 

それは私には大きな出来事でしたが、
母親にとっても大きな出来事だったんじゃないかと思います。
決して同居したから楽になったという感じでは無かったと思うし、
ストレスのほうが大きかったかなと感じます。 

馴染み深かった場所を引っ越して、新しい環境の中、弟の育児休暇の間は私は家庭保育だったので、
昼間は3歳の私と赤ちゃんの弟を一緒に見ていました。 

私は長男が2歳の時に下の子が産まれて、
そこから長男にボタンをたくさん押されて感情に乗っ取られてしまうことがありました。
それと同じことが、母親にも起きていたんだと思います。 

母の本質は、自分が母親にして貰えなかったことを、
自分の子供にはたくさんしてあげたかったんではないかと思います。
遊んであげたり、ご飯を作ってあげたり、抱っこしてあげたり、絵本を読んであげたり。 

でも、母もまた、私に甘えられることがとても辛かったんだと思います。
感情に乗っ取られて、そのままの感情をぶつけてきたこともありました。
そして、そのことで罪悪感も感じていたと思います。 

心の仕組みを知らず、自分でもどうして良いかよく分からなかった。
そんな中で、一生懸命私たちを愛していたんだと思います。 

母は、祖母が亡くなった時に、涙が出てこなかったんだと話していたことを思い出しました。 

その言葉から、母はどういう思いで祖母の死を迎えたんだろうと思ったことがありました。

いろんな感情を抑え、本当の気持ちを話せないまま、
二人の壁は溶けることが無かったのかなとも思いました。 

でも、その少し後に、母から亡くなった祖母が夢に出てきた話しを聞きました。 

「祖母がキャリアウーマンのように生き生きと仕事をしていた。
いつも喧嘩をすることが多い二人が落ちついて話しが出来た。
目が覚めてからも、暖かさが続いていて、幸せな気持ちになる夢だった」と。 

私も記憶が朧げで、抽象的な話しにはなるんですが、母の潜在意識が夢に表れ、
それが祖母にも伝わったんではないかと思いました。
現実の世界では叶わなかったかもしれないけど、お互いの本質には愛があって、
それが想念や潜在意識が表れる夢の中で出会ったのではないかと思いました。 

 

4、本質のお母さんにイメージで抱きしめられた時、どんな気持ちがしますか? 

 大好きな母に抱きしめられて、すごく嬉しくて温かくなりました。

私がいま子どもを抱っこする時に、いつも私自身がとても安心する感じがあります。 

これは、私が母親に抱っこしてもらった記憶が潜在意識や
身体の感覚としてあるからなんだということを、イメージの中で感じました。 

頭ではいろんなことを考えて、母を恨んできたこともあったけど、
私の皮膚や感触がしっかりと私は愛されていたこと、
たくさん抱っこして貰っていたことを覚えているんだと思いました。 

 

5、人から注意された時、すぐに言い返したりせず、否定された!と感じたのを観察し、
注意は注意として受け止め、素直に自分の欠点・非を治そうと努力してみてください。
それを実践した上での感想を書いてください。 

いつも注意された時、まず怒りが出てきます。
否定されたと感じてしまって、苦しくなります。 

最近、実は注意されることが何回かあり、
すぐに言い返したり怒りで相手を切ってしまうことをしないで(前はよくやっていました)、
まずは感じてみることをやってみました。 

自分の欠点、非を認めるのがいつも難しいです。
自分を正当化してしまいたくなります。

ただ今回は、最初は抵抗がありましたが、
注意されたことを確かにそうだなと思ったので、それをただやってみました。 

実践してみて思ったことは、注意されたことは実は自分の中でも思っていたことで、
それを見ないようにしていたことだったんだということでした。

だから、誰かに指摘されたことに反応したんだろうと思います。
本当は、相手からの注意は自分の声なんだということに気づきました。 

 

6、あなたがお母さんから欲しいものは何でしたか?
それは、別な時に別なかたちで貰えていませんでしたか?どんな時にどんな形でしたか?
思い出してみてください。 

私は母に対して、私だけを見て欲しいと思っていました。
子どもの時には、それが貰えていないと思っていました。 

私は、中学生になってその環境に適応出来なくて、
学校に行こうとすると吐き気や身体症状が出るようになり不登校だった時期があります。 

その時、母親は最初は学校に行くように言ったりしましたが、
途中から「分かった」と言って、無理に学校に行かせることはしなくなりました。 

そして、母は仕事を辞めて、私と家に一緒にいる時間を作りました。
いろんな本を読んだり、心理カウンセリングにも行ってたようです。 

その時は、私はかなり自分の殻に入ってしまっていたので、
3歳の頃に欲しかったものをいま与えられても、
もう欲しくないと受け取ることが出来ませんでした。

でも、思い出してみるとその時に、
母はそのままの私を受け入れて、私だけを見てくれてたんだと思います。 

そしてその中学生の時から今に至るまで、どんな時も、
母はどんな私でも受け入れてくれています。

もちろん、喧嘩したり、私が母の言葉に反応したり、小さいことはたくさんあるけど、
今もたくさん母から愛を与えてもらっていると感じます。 

 

7、またそれは別な人から貰えていませんでしたか?
それは誰ですか?思い出すとどんな気持ちがしますか? 

 母の友達のおばさんが近所に住んでいて、その方の子どもはもう大きくなっていたので、
とても可愛がってもらいました。

いつも笑顔で、優しい人でした。
よくおばさんの家に泊まりに行くこともあって、
今も思い出すと懐かしく、愛をもらってたなと思います。 

あと、講義で母親が子どもから貰えていたんだと気づく場面があって、
そこで涙が出てきました。 

私も長男にこのままのお母さんで良いよと受け入れてもらっているし、
時々下の子には頭を撫でてもらったりしているなと思いました。
二人にたくさん抱きしめてもらっているな、愛をもらっていると感じます。 

 

8、正直な気持ちを伝えるコミュニケーションを家族に実践してみてどうでしたか? 

ちょうど先週まで、私の家に両親が来ていたので、
その間に気持ちを伝えようかと思っていましたが、
面と向かって話すことに照れが出てきて、会っている間は伝えられませんでした。 

でも、講義を見てレポートに向き合う中で、気持ちを伝えたくなり、母親に電話をしました。 

「私は子どもの頃はお母さんに甘えられなくて、
弟ばっかり可愛がっていると思って気持ちを抑えてきた。お母さんのことを恨んでいたこともある。

でも、悪いことばかりを思い出して親のせいばかりにしていたけど、
今は大人の目線でもう一度向き合って見たら、
お母さんとお父さんにもたくさん抱っこしてもらったり、
遊んでもらったりと良いこともたくさん思い出せた、
ちゃんと愛されていたんだということが分かったよ。お母さん、ありがとう。」と言いました。 

母は、「私は早くに父親が死んで、母親が泥んこまみれで農家の仕事をしていたことしか母親の思い出が無い。
末っ子で手を掛けてもらえなかった。自分がしてもらった子育てしか、あなたにしてあげることは出来なかった。
義父母と同居して、良い嫁、良い妻に見られたかった。人の目ばかりを気にしていて、
それをあなたは感じてたかなって思う。

でも前にメールで(ピエタ)セラピーを受けての感想を教えて貰った時に、
何というか今まで続いてきて自分もやってきてしまったものが、
やっと、あなたのところで、断ち切れると思ったんだよ。嬉しかったんだよ。 

あなたが不登校になったときも、仕事を辞めることになった時に、
何でこの子のせいでって、正直思ったこともある。
でも、そのおかげで違う世界を知ることが出来て、何も無かったら、
気づかなかったことがたくさんあったと思う。とっても、感謝してるんだよ」と言ってくれました。 

普段の生活の中で、私も母も、どれだけ本当のことを話せているんだろうと思いました。 

こういう風に思っていたんだということや、始めて知ることが多く、
母の本当の気持ちを理解することが出来ました。 

私は恥ずかしくて、なかなか普段言えないことを話せました。 

母親が、「続いてたものが断ち切れると思った」と言ったことに、
そんな風に思っていたんだと驚きました。 

母親もいろんなことを思って、自分と向きあっているんだと思いました。

自分が正直に本当の気持ちを伝えると、それが相手にも伝わり、
相手はさらに心をオープンにして伝え返してくれるんだということに気づきました。 

 

9、過去のネガティブな出来事を通して、どんなことを学べましたか?
どんなメリットがありましたか?あなたの人生にどのように貢献してくれましたか? 

私が父親と母親の長女として産まれて、その家族の中で感じたこと、出来事によって、
私は自分を否定的に見るようになりました。 

親のせい、過去の出来事のせいにして、ずっと恨んできました。
でも、その全てが私にとって、どれも必要なことだったんだと今は分かるようになりました。 

本当に死のうと思ったこともあったし、もう感情を感じることを止めようと思ったこともありました。
この先、良いことなんて、何も無いと思ってた時もありました。

そういう中で、なんで自分はこんなに生きてくのが辛いんだろうと、その原因を知りたくて、
いろんな本を読んだり、心の仕組みについて学んだりするようになりました。 

それは、あの家族に産まれて、過去の出来事が無ければ、多分感心を持つことは無かったと思うので、
そういうきっかけを作ったメリットがあったと思います。

そして、いま私は生きていて、これからも生きることを楽しみたいと思っていること、
そして自分と向き合い、感情をそのままに感じることを始めている自分がいます。

その今に繋がるために、全ての過去の要素が必要だったんだと思います。 

 

10、全体を通しての感想は? 

ちょうど、6回目のレポートを取り組んでいる間に、
私の両親が1週間ほど、私の家に滞在していました。

いつもは、母親だけが泊まりに来ることが多いのですが、
今回は長男の卒園式もあったので、父親も久しぶりに来てくれました。 

自分が大切にしてもらえなかった、愛してもらえなかったという勘違いは、
私は父と母の両方に対して持っていました。
父への恨みも、根深く持っていました。 

今回、両親が私の子どもたちに接する様子を見て、特に父が娘と遊んでいる様子を見て、
私はこうやって父親に遊んでもらったことをたくさん思い出しました。 

父は表現が下手だったと思うし、うつ症状が出ていた時もあったので
父自身の問題をたくさん抱えていたことがありました。 

私はある時から父への恨みを持ち、何度も積み重ねていきました。

私が父親を否定して嫌うことで、父親に愛して欲しいと思っていた気持ちに
蓋をして隠していたんだと思いました。

そしてその隠し持っていた父と母への思いを、
「ちょうだい〜」とパートナーに求めていたということが、よく分かりました。 

本当は、父のことを愛していたし、父からも愛されたかったとずっと心の奥で思っていたのです。

今回、短い期間でしたが、父と一緒に過ごす中で、改めて子どもの頃から、
父は私に関心を持ち、父なりの方法で愛していてくれていたんだということを思い出しました。 

あと、自分が大切にされてなかった、甘えられなかったという勘違いのところですが、
気づくと涙が流れてくることが分かりました。私は愛されてたんだという、ただ素直な涙です。

でも、あとから暫くすると必ずモヤモヤしていました。 

それは多分、「勘違い」という言葉に抵抗感を感じるからです。
なんで、抵抗感を持ってしまうのかと感じてみたら、
それが今までの自分を否定されていると感じるからなんだなぁと思いました。 

講義でもあったように、とても根深い抵抗が、何度でも出てくることを感じました。

一回のプロセスだけでは無くて、何回も何回も繰り返していきたいと思います。